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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)291号 判決

控訴人 丁村耕作

右訴訟代理人弁護士 西村義太郎

被控訴人 甲野三郎

右訴訟代理人弁護士 村山幸男

主文

第一審判決を取消す。

本件訴を却下する。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「第一審判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下のとおり付加するほかは第一審判決の事実摘示と同一である。

被控訴代理人は、甲第六号証を提出し、甲第三号証(第一審提出分)中、甲野太郎の住所氏名の記載は同人の、その余の記載は被控訴代理人村山幸男の各筆蹟であり、甲第六号証の遺言書中、「兄妹三人」とあるのは甲野一郎、甲野一子及び甲野春子を指すものであり、かつ、右遺言書は全文甲野太郎の筆蹟であると付陳し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

控訴代理人は、乙第一号証を提出し、差戻前第二審の証人甲野シゲの証言を援用し、甲第六号証の成立を認めると述べた。

理由

≪証拠省略≫によれば、訴外甲野シゲ(旧姓丙川)は大正一二年八月頃訴外甲野太郎と事実上結婚して東京に世帯をもち、大正一三年七月一五日婚姻届を了し、同年九月長男、昭和三年二男、及び昭和七年九月二六日三男の被控訴人を出産し(ただし二男は出生後間もなく死亡)、昭和四六年一月一八日太郎が死亡する迄、同人との婚姻関係が継続したものであることが認められる。従って、被控訴人は、シゲが太郎との婚姻中に懐胎した子であることが明らかであるから、民法第七七二条の規定により、ツルの夫である実の嫡出子としての推定を受けるものである。

ところで、民法第七七二条の規定により嫡出子としての推定を受ける場合においては、同法第七七四条及び第七七五条の規定により夫が嫡出否認の訴によって右推定を覆さないかぎり、子において母の夫の嫡出子たることを否認できず、従って第三者との父子関係を証明してその認知を請求することは許されないということが法の建前であり、例外として、母がその子を懐胎した当時、夫の子を懐胎することが客観的にみて不可能と認めるべき事情が存在する場合に限って、嫡出否認の訴をまたず、子において母の夫の嫡出子たることを争い、第三者を父としてその認知を請求することができるものと解される。而して、弁論の全趣旨により、本件において、太郎が嫡出否認の訴をおこさなかったことは明らかであるから、本件認知請求の実体的要件である控訴人と被控訴人との間の父子関係の存否につき判断する前に、まずシゲが被控訴人を懐胎した当時、夫である太郎の子を懐胎することが客観的にみて不可能と認めるべき事情が存在したか否かについて判断する。

≪証拠省略≫によれば、甲野太郎はシゲと結婚して東京に世帯を持った当時から他の女性との関係が絶えず、昭和五、六年頃には殆んど外泊がちで、シゲのもとに帰宅するのは土曜、日曜に限られていたが、太郎もシゲも互いに離婚する意思はなく、シゲはこのような境遇に甘んじて、長男を養育しながら家庭を守り、太郎は市役所に勤務して生活費をシゲに渡し、夜間は歯科医師の資格を得るために学校に通っていたこと、控訴人は昭和六年当時大学生であったが、通学のためシゲの家の二階に寄宿していたもので、同年一〇月から一二月頃にかけて太郎の目を忍んで数回シゲと性的交渉をもったことがあること、昭和六年一二月頃太郎がシゲに対し、歯科医師の資格を取得したときは郷里の鹿児島県で開業するから、先に郷里に帰っているように命じたので、シゲは太郎の言を信じて同年一二月末か翌昭和七年一月頃長男を連れて郷里に帰ったが、太郎はシゲとの約束を守らず、東京で開業したため、以後太郎とシゲは別居状態になったこと、シゲは郷里に帰って間もなく懐胎したことを知り、同地で被控訴人を分娩したが、その際太郎は被控訴人の命名をなし、被控訴人を太郎とシゲとの間の嫡出子として入籍させることになにら異議を述べなかったこと、その後太郎とシゲとの間に別に離婚の話は出なかったが、さりとて同居生活も回復せず、別居生活が継続したまま太郎が死亡するに至ったものであること、およそ以上の事実を認めることができる。而して、右事実によれば、シゲが被控訴人を懐胎したと推認される昭和六年一〇月乃至同年一二月頃太郎とシゲの夫婦関係は必ずしも円満であったといえないにせよ、客観的にみて夫婦としての実態を失っていたものということはできず、右両者の間に性的交渉が存在した可能性も強ち否定できないところであるから、シゲが被控訴人を懐胎した当時、夫である太郎の子を懐胎することが客観的にみて不可能と認めるべき事情は存在しなかったものというべきである。従って、被控訴人は、民法第七七五条の規定する嫡出否認の訴を待たないで実の嫡出子たることを争うことは許されず控訴人に対して認知を請求する適格を有しないものといわざるを得ない。

≪証拠省略≫によるも、控訴人と被控訴人との間の父子関係の可能性を肯定しているにとどまり、太郎と被控訴人との間の父子関係の可能性を必ずしも否定するものではなく、≪証拠省略≫も以上の認定、判断を覆すに足らず、≪証拠省略≫のうち、以上の認定、判断と牴触する部分はたやすく採用できず、他に以上の認定、判断を覆すに足りる証拠はない。

されば、控訴人と被控訴人との間の父子関係の存否につき判断するまでもなく、被控訴人の本件認知の訴は不適法といわざるを得ないから、右訴はこれを却下すべきものである。よって、右と趣旨を異にする第一審判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により第一審判決を取消し、被控訴人の訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条前段及び後段、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安藤昌彦 後藤文彦)

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